No.10 2002.5.3記

  4年生から増えた州の授業は、夜6時まであり、家で昼間、作る時間が少なくなったので夜遅くまで作っていると体調を崩してしまいました。4年間の学校生活ではこの時期が一番忙しい時でした。
学校以外では、復活祭の過し方やイタリア名物のゼネストなど、イタリア人の生活ぶりを書いてあります。

こちらはだいぶ暖かくなり、1年で一番良い季節になりました。日曜日にはポー川の土手をサイクリングすることもあるのですが平日は忙しい日々を送っております。
 バイオリン作りは学校の授業で忙しく、家では2台目と3台目を同時に作っているところです。というのも州の授業が午後(2時半~6時まで)に3日間増えたため、月曜~金曜日は木曜を除き朝8時から夕方6時まで授業があります。昼休みは50分で、家に帰って食事を作って食べて、そしてまた学校へとかなり忙しい毎日です。州の授業が始まってしばらくは学校から帰った後、食事をして夜の10時頃まで作業をしたり、授業の無い土曜、日曜に作業をしていたのですが、結局は疲れが残り長続きはしませんでした。今は出来るだけ日曜日は休むようにしています。歳のセイかと思っていたのですが、この前、このことを若い日本人の同級生に話すとやはり彼も時間が無く、帰ってくるとグッタリ疲れているので、普段の日は殆ど作業が出来ず、土曜、日曜にやっているとのことで安心しました。こんな状況でマエストロの工房にも行く時間がなく、予定ではもう終わっているはずの2台目を作っているところです。工房に行く時間も、週に一日だけ午後に時間のある私とマエストロの都合とがうまく合わず、結局は午前中の授業を抜け出して工房に行くことが多くなりました。授業を抜け出すといっても、“契約”をしている教科なので本来は出席しなくても良い授業なのです。契約というのは、学期初めにレベル判定の試験を受け合格すれば、“授業には出席しなくてもよく、試験だけを受ければよい”という内容の契約を生徒と教師の間で結ぶのです。私の場合は数学と音響物理(実質は高校の物理)で契約をしており出席しなくてもよいのですが、イタリア語の勉強のために出ているのです。音響物理の授業は火曜日の10時から始まるのですが、その前の授業が終わったあとに工房に電話をし、行っても良いかを確認してから行きます。マエストロも私が授業を抜け出して来ており、また学校に戻ること知っているので直ぐに教えてくれ、30分前後でまた学校に戻っています。遅刻をするので良くないのですが、今のところ仕方ないと思っています。
 また、学校のヴァイオリン製作授業では一台目をようやく3月に完成し、今ビオラを作っています。ビオラはヴァイオリンより少し大きいだけ(本体の長さではヴァイオリン:35センチ、ビオラ:41センチ)なので、寸法が違うだけで作る上での違いはあまり無いのですが学校のマエストロの作り方を勉強する意味もありビオラにしました。また、州の授業では既に渦巻きを2台作り終え、今ビオラ用のものを作り始めたところです。
 少し前のことになりますが復活祭のことについて書きます。今年は3月31日が復活際で、その直後の4月1日も休みでした。ただ学校は3月27日から4月2日まで休み(バカンス)でした。復活祭の時には天気が悪くなると言われているのですが、3月下旬には雪が降ったりしました。私は復活祭はクリスマスと同じように教会にミサに行くのかと思っていたのですがイタリアでは多くの人はバカンスを取り南の海や北の山に出かけます。もちろん、テレビではバチカンからの中継で復活祭の行事の様子を放送したりしていますが、気分的には暖かくなってきたこともあり、ちょうど日本のゴールデンウィークと同じようです。ですからホテルも少し高くなります。私はこの休みを利用して、最初、列車でオーストリア国境まで行きそこで一泊しようと考えていたのですが、少し寒くなってきたこととホテル代が高いこともあり、変わりに3月30日に日帰りでトリノ(Torino)まで行ってきました。トリノはイタリアが統一された1861年に最初に首都が置かれた所ですが、フランスに近く、統一前はサヴォイア公国の首都だったこともあり、街が大変エレガントでイタリアのゴタゴタした感じとは少し違っています。行った目的には世界遺産の一つになっているサヴォイア王家の王宮を見ることもあったのですが、Barberaという赤ワインをイタリア人の友達にお土産に買うこともあったのです。トリノのあるピエモンテ(Piemonte)州はワインの産地として有名なところです。実は3月上旬に近くのバール(BAR)で例のオジサン達の仲間とロバの肉を食べる会に参加したのですが、そこで赤ワイのBarberaのことを教えてくれました。Barberaは幾つかの産地があるのですが、その中ではピエモンテ産が芳醇で美味しかったのです。バールでは普段飲むワインは白が多く、時々、これにサラミやチーズをつまみながら飲むのですが、赤ワインを飲む機会は少ないのです。ただこの時は肉料理だったので赤ワインを飲んだのですが、このBarberaは本当に美味しく感じました。こちらではワインはスーパーでは750mlの瓶で安いもので200円位からあるのですが、このBarberaは300円から500円位の値段でごく普通のワインです。スーパーのワイン売り場には(おそらく数百種以上あると思います)、一つ一つのワインの銘柄に注釈がしてあり、それを理解するのが難しいのでどれを買おうかと迷ってしまいます。私はワインのことは全然知らないので最初は高めのものを買っていたのですが、必ずしも高いからといって美味しいとは限らず、ロシア人の友人が教えてくれたバーゲン中のワイン(300円位)が美味しくその後も何回か買ったりしました。
 ところで3月31日の復活祭には去年のクリスマスと同じように大きなパン菓子(コロンバという)を食べる会がバールでありました。10人近くのオジサン達がワインを飲みながらこのパンを食べ、ワイワイやって一時間位で帰っていきました。メンバーの一人がこのコロンバを作っている会社の副社長のためこういう会があるのかもしれませんが、これだけのために集まるのもちょっと理解できないところです。ただこういうのを見ていると日本より競馬、競輪などのギャンブルも少なく(テレビで競馬に似たギャンブルは見たことはありますが競輪は見たことがありません)、パチンコなどの遊戯場もなく、あるものといえばサッカーなどのトトカルチョくらいで、あとは友達と会って話をし、たまには友達や家族とレストランに行き、バカンスが来たら家族と一緒に山や海に出かけるイタリア人の方がよほど健全だと思います。イタリア人は人との対話を楽しむのが好きで、出会いを大切にします。ただ、私からすると時々うるさく感じることもあり、また、何でこんなに長々と話すのかと思うこともありますが、よく話をします。テレビでも話に夢中になり時間通りに終わらないことが良くあるのですが、彼らにとっては時間通りに終わることよりも、対話をすることの方が大切だと考えているからでしょう。先日のロバの肉を食べる会もそうでしたがこの会には30人近くが来ましたが、友人のイタリア人はみんなと友達のように話しているので、「知っているの?」と聞くと、「いや、今日初めて会った人達だよ」と言われ、何か本質的に日本人との違いを感じます。そう言えば、私が例のオジサン達(4人組)と知り合いになったのも、たまたまアパート近くのバールにカフェを飲み行った時です。入ると彼らが正面のテーブルに座ってワインを飲んでおり、私がカフェを注文している時に、その一人のルチアーノが「よかったら、座らないか?」と声を掛けてくれたのです。カフェを持って彼らのテーブルに座ると、何も言わずにグラスを持ってきてワインをついでくれました。私は「昼間からワインは飲まないので」といってカフェを飲んで少し話を聞いたあと帰ろうとしたのですが、「何だ逃げるのか、良かったらワインを飲まないか?」といわれ(何故かこういう時に日本から来ていることを意識するのですが)、ワインを飲んで(飲まされ)そのあと自分のことなどの話をしたのが最初です。彼らは、毎日朝11時にこのバールに集まり、話をしているのですが、以前から知っているわけでもなく数年前にこのバールで知り合い、毎朝会うようになったとのことです。私からするとこの4人の以前の仕事は、自動車の修理業、農業、会社の重役などで何の関連もないのですが、昔からの友人のように親しく話しているのも不思議です。私は土曜か日曜日に彼らと会っているのですが、いつもこの4人の他に大体2、3人が加わって話をしています。彼らはクレモナの方言で話をするので私には殆ど分からないのですが、行ったレストランのことや料理のことで、60才以上のオジサンが多いので女性のことはあまり話題になりません。この前も大きな声で真剣になって話をしているので何事かと聞いたら、「庭にワインの瓶を埋めていたのだが、今朝見たら大きくなっているんだ」と解説をしてくれたルチアーノも「イタリア人は気が狂っているのが多いから」とあきれて笑っていました。彼らはバールに来る友達を私に紹介してくれるのでたくさんの友達ができたのですが、不思議にすぐ親しくなれるのです。経歴や年齢に関係無く、本当にみんな友達のように話しをしているのです。ルチアーノに「どうしてイタリア人は日本人とこんなに違うのか」と聞くと「自分達は小さい時から“隣人を愛せ”と教えられているのでみんな友達なんだよ」と軽く言われました。確かにみんな友達で列車の中でも本当に前からの親しい友達かと思うほど仲良く話をしています。また以前、私の方から「日本人は思っていることの全部は口に出さないで多くても80%位しか口には出さないようにしている。しかしイタリア人は・・」と話すとイタリア人の方から「そうなんだよ、我々は思っていることの全部を話すんだよ。」、そして「よく考えてから話せばよいのだが、話ながら何を話すか考えているんだよ。そこが日本人とは違うな。」と笑っていました。まだ3年目のイタリアですが、日本人との違いを感じ、むしろイタリア人の生き方、考え方に魅力を感じるのですが、これがもしかしたら小さいときからの宗教によるものかと思ったりします。イタリア人の日常生活の中には宗教臭さはあまり感じないのですが、テレビやラジオ、それにすべてのイタリア人がそうとはいえないのですが、毎日曜日には多くの人(家族)が教会に行っているのを見るとはるかに日本よりも宗教の影響を感じます。
 それでは少しイタリア人のことを誉め過ぎましたので、話題を変えてイタリアのオカシナ部分を紹介したいと思います。
 日本の新聞に報道されたかどうかわかりませんが4月16日にイタリアではゼネストがありました。鉄道などの交通機関はもちろん、新聞やテレビなどのマスコミ、銀行、商店、公務員などかなり大規模なストライキでした。スーパーマーケットなども休みでまさにゼネストでした。テレビもジャーナリストがストをしたため、各局(NHKのようなところも含め)のニュース番組では、この日は変なおじさん・おばさんが出てきて原稿を読むだけで数分で終わり、あとは映画や録画の歌番組を流していました。イスラエルとパレスチナが紛争中であり、日本では考えられないことです。学校の先生もマチマチで、私のクラスの英語の先生は前日には「私は絶対にストはしない」と明言していたのですが、当日急にストだといって先生は来なく授業はありませんでした。ちなみに私の学校にも教員の組合はあるのですが組合員は二人しかおらず、この先生は組合員ではないのです。イイカゲンといえばイイカゲンなのですが、これで翌日からは何もなかったようにまた元通りに活動しているので不思議です。イタリアではストが多いので普段から国民が慣れているのかもしれませんが、日本でこれだけのストをやろうとするといろいろ批判が出て、実施するのは難しいと思います。また仮にやったとしても後遺症がかなり残ると思いますが、イタリアはそれが殆ど無いのです。ほんとうに不思議な国ですが、日本よりも人間がギスギスしていないのですがこれでよいのかもしれません。
 ところであまり詳しいことは分かりませんが、今回のゼネストは政権が変わったことが大きな理由のようです。イタリアには2大政党の中道左派と中道右派があるのですが去年の春から政権が中道右派に変わったのです。新首相は、テレビ局を3局、他に新聞、雑誌などの会社を持っている大金持ちで、少し強引なところもありまた問題発言も多いのですが、この首相に対し労働組合が強く反発しているのです。とうのもイタリアでは労働組合が強く、3ヶ月に一度位は交通機関などのストライキがあり、これの対抗措置を政府が取ろうとしているからです。
 実はこれに関連して怖い事件がありました。3月上旬にボローニャ(古い大学街でイタリア北部の都市)で大学教授(経済学者)が自宅前で銃殺されました。ストライキを規制するために彼は政府の諮問委員会の中で労働法18条(労働者の解雇を禁止した条項)の改定を提案した人です。犯人は捕まっていませんが極左の赤い旅団というグループです。3年前にもこのグループが同じように政府の要人を銃殺したのですが今回も同じピストルを使ったとのことです。
 先日のミラノの高層ビルへの小型飛行機の衝突はびっくりしました。学校から6時過ぎに帰宅し、すぐにテレビのスイッチをいれると臨時ニュースをやっており、またテロかと心配したのですが、事故だということで安心しました。今、事故と自殺の両方で捜査しているようですが今のところ事故の可能性が強いようです。ただ、新宿のように高層ビルがたくさん有るのならば分かるのですが、高層ビルが少なく、何故ミラノで一番高いビルにぶつかったのか納得のいかないところです。(注:後でわかったのですが、これはパイロットが借金のため、自殺したとのことです)
 学校は6月上旬迄ですが、実質はあと一ヶ月足らずとなりました。5月中旬から下旬に最後の試験があり、専門教科(ニス、修理・修復、音楽史)についてはかなり勉強しなければなりません。ただ試験が終わればあとはそれぞれの国に帰る生徒も多く、実質は9月中旬までの長い休みに入ります。この休みを利用して夏の帰国までには2台完成させたいと思っているのですがまだ分かりません。だいぶ作るのが早くなってきているので何とかなるとは思っているのですが。
 少し長くなりましたがこれで失礼します。それでは皆さんお元気で、さようなら。