No.14.2004.7記

 マエストロの工房に通いヴァイオリンを一台作る卒業後実習(Tiro cinio)も終わり、今後の進路を考え始めた時期です。ただ、まだまだ力不足で、しばらくはマエストロの工房に通い、勉強することになりました。また、普段の生活ではイタリア人のバカンスの取り方について書いてあります。日本では多くてもせいぜい一週間が夏休みですが、イタリア人は少なくて2週間、多い人は一ヶ月以上という人もいます。人生に対する考え方の違い、国の豊かさの違いを感じます。あとは手巻きすしを作り、食文化の交流をしました。最近ますますイタリア人の中で寿司の好きな人が増えていますが、一方、寿司、つまり生の魚を食べとことが無い人も多く、両極端の感じです。これもイタリア的です。

 お元気ですか?今年の日本の夏は暑い日が続いているとのことですが、如何お過ごしでしょうか?こちらの夏は去年ほどの猛暑ではなく、最高気温も30度前後で普通の夏といった感じです。
 ところでイタリア人はいつものように7月に入ると山や海に出かけてヴァカンスを楽しむ人が多く道路も少し渋滞が発生します。イタリアではヴァカンスは7月初めから8月末くらいの間にかけて取るのが一般的ですが、短い人で2週間、長い人だと一ヶ月以上のヴァカンスを取っています。今、習っているマエストロ・ヴォルティーニ(Voltini)の場合は、10日間の休みを7月中旬と8月下旬の2回取る予定です。友人に何時からこんなにヴァカンスを長く取るようになったのかと訊きましたら、60年代から70年代にかけて法律で年間30日間のヴァカンスを取るように決められたとのことです。ただし、法律では15日間は取るのが義務付けられており、残りの15日間は仕事の都合上問題が無ければ取っても良いということです。友人がナポリには「人は少しは働かなければならない。でも自分ではなくお前が働くんだ」というコトワザがあると教えてくれたのですが、こんなコトワザがあるくらいですから特に南部のナポリやシチリアなどでは30日間のヴァカンスを取るのが普通のようです。このため、テレビは7月に入ると通常の番組はなくなり古い番組や映画を放映することが多く、手を抜いています。友人の話ではフィアットのような大きな工場のある町では、関連の企業も一緒に休みになるので10数万人以上の人が20日間大移動をするということで社会的な問題も発生するとのことです。また、費用もかなり掛かるようでマエストロ・ヴォルティーニの場合だと、10日間ホテルに滞在したとのことですが、1日3食付きで一人45ユーロ(約6千円)払ったとのことです。子供が3人いるので少し割り引いてくれたといっていましたがそれにしてもかなりの出費になります。このため、私の友人のように年金生活者の場合は山にある別荘に一週間位泊まってくる人もいます。ちなみにローマ法王もフランス国境に近いアオスタでの2週間のヴァカンスを終え、17日にローマのヴァチカンに戻ってきました。
 去年の11月頃から始まったチロチーニオ(研修)も4月初めの面接試験で終わりました。このチロチーニオはマエストロの工房に通い、合計300時間の作業をすることになっていますが、私の場合はヴァイオリンを1台作りました。一般的にヴァイオリン1台を作るのに200時間必要なのですが、チロチーニオの場合はマエストロに指示を受けながら作業を進めるので、300時間で1台作るのが精一杯です。でも、同級生のスイス人の女性の場合は、ヴァイオリンとビオラの2台を作り、しかもニスまでを塗り終えたのを持ってきていたのでびっくりしました。どう考えても一人では作れないのですが、堂々と持ってきているので何も聞くことができませんでした。4月にあった面接試験では、作ったヴァイオリンを試験官の3人のマエストロ(二人は世界的に有名な人)に見てもらい、いくつか質問されたのですが、最後にはマエストロとしての認定書(ATTESTA)をもらいました。
 ところでヴァイオリン作りの方はチロチーニオの後もヴォルティーニの工房に通って勉強を続けています。ヴォルティーニのスタイル(ヴァイオリンの作り方や形)は、以前、習っていたビソロッティ(Bissolotti)とはかなり違いますが、私にとっては彼の楽器の形の方がビソロッティのものよりは好きなので、これからは彼のスタイルで作ろうと思っています。写真を見比べて見ると良く分かるのですが、ヴァイオリンは本当に作る人の性格が出てくるのでそれぞれが個性を持っています。私も早く自分のスタイルを確立したいのですが、まだまだ習うことがたくさんあり、当分先のようです。というのも少し慣れてきたせいもあるのですが、このところ油断によるミスが続き、作り直しが7号機、8号機でありました。ヴァイオリンはあせって作っていると必ず何処かで失敗します。いずれの場合も“f”を切る前に確認していれば起きないのですが、「何故私に見せなかったのだ?」とマエストロに叱られました。二つともタイミング的に土曜、日曜日に家でやらなければならなかった作業なのでマエストロに見てもらうまで待たないでカットしてしまいました。マエストロに見てもらうまで待つと作業が一日遅れるので自分でやってしまったのです。ただ、作り直しをした8号機はそのあとも新しい問題が発生し、本当にカベにぶち当たった感じでヤルことなすことがうまくいかず、もう一度作り直そうかと考えた程です。ただ、この8号機のトラブルはマエストロが修正の方法を教えてくれたので何とか作り直さずにすみ、7月上旬にやっと完成しました。この2台のおかげで、やはり学校を出ただけではまだまだ力不足で、すぐプロになるのは難しいということを痛感しました。マエストロも私の失敗を見て「チロチーニオではいいヴァイオリンを作ったのに、その後は家で作るとどうしてあんな失敗をするのだ。もう一度、自分がチェックするので自分(マエストロ)のためのヴァイオリンを工房で作ってみたらどうか?」といわれました。本当にマエストロの言われるとおりで、せっかくのチャンスなのでもう一度、チロチーニオのつもりで作ることにしました。
 こんな訳でヴァイオリン作りの難しさを痛感しているのですが、今後の進路を決めなければなりません。自分の今後について次の三つの選択枝があります。

①労働ビザを取得してプロの登録をして働く(今後数年間クレモナに滞在する場合)
②学生ビザのままでヴァイオリン製作の勉強を続ける(今後1、2年くらいで帰国する場合)
③日本へ帰国してプロとして働く(遅くとも来年初めまでに帰国する場合)

 当初の予定では①を考えていたのですが、クレモナではマエストロが飽和状態にあることや不法労働者が増えたこともあり移民法が改悪され、工房を開く条件が厳しくなっています。プロになるのだから当然といえば当然なのですが届け出る書類も多く、チェックも厳しくなっており幾つかの関門を通らなければなりません。もう少し周囲の状況を見ながら家族やマエストロ等と相談して決めようと思います。いずれの場合にも自分の作ったヴァイオリンの販売ルートの開拓が第一の課題です。
 ヴァイオリン製作学校は今年も数人の日本人の入学が決まりました。その中で私と同年齢の人も2年生に編入されることになりました。彼は以前から趣味でヴァイオリンを10数台作っており、かなりの経験があるのですが、昨夏の私の新聞記事を見て思い切って入学しようと決心したとのことです。6月初めにあった入学試験のあと、アパート探しを手伝ったのですが仮契約をして日本に帰りました。9月からは入学のためクレモナに滞在することになるのですが、彼が日本よりもはるかに時間のかかるイタリアのシステムにどこまで耐えられるのか、心配なところです。
 ところで7月初めにはイタリア人の友人の家で手巻き寿司をしました。私を入れて総勢8人だったので準備が大変でした。クレモナにも魚屋はあるのですが、新鮮なものがいつもあるわけではなく、また種類も少ないので、ミラノの日本料理店で働いている知人にミラノの魚屋を紹介してもらい、そこで調達しました。魚屋はミラノのメインストリートのブエノスアイレス大通りにあるのですが、20~30m手前から魚の臭いがしてきたので魚屋はすぐ分かりました。生のマグロ、鮭(北欧産で日本の鮭より少し脂っこい)、イカ、冷凍のエビを買いました。値段はマグロは1キロで20ユーロ、他のものも大体1キロ単位で買ったのですが合計58ユーロでした。酢はミラノの日本食材店で買いました。海苔や米、わさびは日本から家族に持ってきてもらったのを使いました。他にアボカドとキュウリをクレモナで買いました。アボカドと鮭とを一緒に巻いたカリフォルニアロールは美味しく、あらためて感心しました。8人の中で初めて生の魚を食べる人が3人いたのですが、あまり抵抗無く、思ったよりたくさん食べてくれました。イタリア人の大体半数はあの海苔の臭い(香り)がイヤで嫌いな人が多いのですが、なかなか好評でした。今度は秋にすき焼きをしようということになりました。
 今年も8月11日から9月6日まで一時帰国の予定です。作ったヴァイオリンの販路開拓が一番大きな目的ですが、また皆さんにお会いできたらと思っています。それではお会いできるのを楽しみにしています。さようなら。